本庭は方丈の南庭であって、その様式は桃山時代の枯山水であるが一般の枯山水とやや違って枯流れ式の枯山水となっている。東照宮の建築の西部に枯滝石組を設け、その直前に三石による石橋を架け、この付近から西北に向かって枯流れを設け、石橋に近い付近の南西岸山畔下には軽く護岸の石組を一部に見せ、山畔に添う下流にはほとんど護岸がない。
本庭の枯滝付近は東照宮建立の関係で相当に荒廃していた。水落石に当たるものは二石を重ね組としていて、やや左方の傾斜して建てられていて、その前に大きく巨石を横石として用い、さらにその左右の奥にも立石と横石を組み右方に長石を臥せてある。これらの枯滝石組は二石を重ねた構成から考えると、二隻の前の石はやや白く水の落下する表現とみてよい。奥部左方の尖った立石は遠山石に当たり、この付近の枯滝石組はかなり創造的なものである。石橋下まで栗石敷きとされているが、この栗石を用いる手法はこの時代の伝統的な手法であり、定型的な手法でもある。「探訪日本の庭より」